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東京地方裁判所 昭和43年(特わ)226号 判決

主文

被告人を懲役六月および罰金一〇〇〇万円に処する。

被告人において右罰金を完納できないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都杉並区久我山三丁目一七一番地に居住し、昭和三六年一二月日本通運株式会社(以下これを日通という)経理部経理課長代理、同三八年八月同部管財課課長代理、同三九年四月同課長となったほか、日通の関連会社である日通伊豆観光開発株式会社および日通不動産株式会社の各取締役を兼ねていたものであるが、給与所得、配当所得のほか、日通の取引先等から供与を受ける金品等による雑所得があったのにかかわらず、自己の所得税を免れる目的で、家屋増改築につき契約代金を実際額より少額に仮装するとともに右代金の一部を借入金で支払った如く工作し、あるいは預金および貸代信託受益証券の取得に際し無記名もしくは他人名義を用いるなどの不正な方法により所得を秘匿し、

第一、昭和三九年分の実際課税総所得金額が三六三四万一四〇〇円であったのにかかわらず、右所得税の申告期限である昭和四〇年三月一五日までに、同都杉並区所在所轄荻窪税務署長に対し法定の確定申告書を提出しないで右期限を徒過し、もって同年分の正規の所得税額一九五六万三九七〇円を逋脱し

第二、昭和四〇年分の実際課税総所得金額が二三四七万〇二〇〇円であったのにかかわらず、昭和四一年二月一五日新宿区柏木三丁目三一二番地所在淀橋税務署において、同税務署長に対し、同年分の課税総所得金額が一〇八万二八〇〇円で申告納付すべき所得税額は零である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって同年分の正規の所得税額一一五三万七八六〇円を逋脱し

第三、昭和四一年分の実際課税総所得金額が四一五三万〇三〇〇円であったのにかかわらず、昭和四二年三月一四日前記淀橋税務署において、同税務署長に対し、同年分の課税総所得金額が一三一万一五八一円でこれに対する申告納付すべき所得税額は一三二〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって同年分の正規の所得税額二二八五万一八七三円と右申告税額との差額二二八五万〇五五三円を逋脱し

たものである。

(右各逋脱所得の内容は別紙一、二、三の各修正貸借対照表の、税額の計算内容は同四の税額計算書の記載のとおりである。)

(証拠)≪省略≫

(逋脱所得額の一部減算について)

一、店主勘定(別紙一の13、二の13、三の14)について

検察官主張の各店主勘定中別紙五の衣類等明細表に関する部分は減算する。

これらは、日通出入業者から被告人に供与された物品(但し(株)INA新建築研究所分中掛時計及び腕時計合計三万五〇〇〇円については受供与の事実の証明はない。)であって、これらにより資産の増加がもたらされた以上、一般的にいえばそこに所得の発生原因を認めざるを得ない。しかしながらこれらは、いずれも単価の区々な消耗品で、当時の被告人にとり相当価額の評価も難かしく、たやすく換金することも容易ではなかったと思われる状況にあったし、課税実務の面においてもこの種の贈答品についてはそれが少額のものは課税の対象としない取り扱いがとられていたようであり、しかもその“非課税”限度額は必らずしも納税者側に明らかにされていなかったと推察されるのである。

以上のような別紙五掲記の各物品は必ずしも少額とはいえないけれどもその性質、金額、換金性、課税実務の運用状況等に被告人の地位、収入状況等諸般の事情をあわせ考えると、その相当額を強いて本件逋脱所得の計算に算入するには及ばないものと認めるのが相当である。

二、構築物勘定(別紙一の11)について、

検察官は、昭和三九年分構築物勘定として、被告人が同年大和造林株式会社から無償供与をうけた久我山所在の被告人邸宅の造園分二七六万八九〇〇円を主張するが、このうち一一万五〇〇〇円を減算する。

≪証拠省略≫によれば、大和造林株式会社(代表者長谷川博和)が、昭和三九年九月から一一月にかけて、成子園芸こと荒田成道に請負わせて被告人の久我山邸宅の庭に張石工事、犬走り工事、芝張り工事、プール新設、植栽、塀築造等の工事を含む造園工事を被告人のため無償で提供したものであり右工事代金として成子園芸から大和造林に請求された金額が右二七六万八九〇〇円であるが、右工事の際、被告人の隣家島村茂雄宅の玄関前下打工事(工事費一万五〇〇〇円)、その他庭園雑工事(工事費同一〇万円)も行われ、右請求金額には右島村邸造園工事代が含まれていることが認められるので、本件構築物の価額としては、島村分一一万五〇〇〇円を除いた残額二六五万三九〇〇円としなければならない。

(弁護人の主張に対する判断)

一、雑所得と一時所得について

弁護人は、「本件各年分の資産の増加すなわち逋脱所得の源泉は、(イ)業者が日通から工事を請負いあるいは物品を納入する等大口取引があった際、管財課長として契約に関与した被告人にリベートとして供与したもの、(ロ)日通取引業者で管財課を窓口とするものおよび関連会社が、中元、歳暮として贈与したもの、(ハ)業者らが被告人の昇進祝、住宅改築祝、訪米の餞別等として贈与したものによって構成されている。そしてこのうち右(イ)のリベートが雑所得を構成するとしても、(ロ)、(ハ)の各収入は、所得税法三四条一項にいう「労務その他の役務」の対価たる性質を有しないし、継続的収入でもないから一時所得を構成すべきものである。けだし、同条にいう「対価」性とは、役務に該当する行為があり、これと給付とが具体的に対応する関係であると解すべきものであるのに、(ロ)、(ハ)の収入分については、各業者の中元等の供与と被告人の如何なる役務行為が対応関係にあるかが不明であり、また中元、歳暮も年二回のことで結果的に反覆されるに過ぎず、昇進祝等に至っては、その事実自体が一回的なもので、いずれも継続的収入とはいえない。このように本件総所得は、雑所得と一時所得とによって構成されているから、収支計算によって所得を種類別にして税額計算をすべきであって、もし本件のように財産計算法により両種の所得を区別することなく混然一体のものとして把握するならば、その総体をもって雑所得とみるべきでなく、被告人に有利な一時所得とみなして税額の計算をすべきである。なお前記供与分には、個人経営者からの贈与分が混入しているが、この分は贈与税の対象となるものであって所得税の対象となるものではないから、この分を減算すべきである。」旨主張する。

よって検討してみると、前掲の関係証拠によれば、まず次の事実が認められる。すなわち、日通経理部管財課は、日通の固定資産の取得、管理、処分ならびに備品、消耗品の調達等の事務を所管していたが、被告人は、前示のとおり、同課の課長代理、課長としての地位にあって、日通に出入する業者の選定、工事、物品購入の発注、代金支払の決定等に関する職務を担任していた。これらの出入業者は、建築請負、自動車、繊維、印刷、機械、事務用品等日通の業務全般にわたっていたが、工事等の発注を受けるに当っては、いずれも管財課を通じなければならなかった。被告人はこれらの出入業者の多数(法人)及び日通関連会社から毎月定期的に、あるいは不定期的に、盆、暮に、部内の地位の昇進時に、渡米時に、あるいは私宅の改築時に贈答、祝儀、餞別等として、現金、ギフトチェック、商品券、書画等の物品や私宅庭園工事の無償施行による利益の供与を受けていたことが認められる。

そこで次に、弁護人の所論に即して、右供与に基づく収入が本件各年分の逋脱所得を構成するにあたり、一時所得、雑所得のいずれとみなされるかについて検討する。これらの供与は、各出入業者が、被告人の日通における地位、職務に着目し、日通との取引に当り、指名業者に選定されることの成否、契約内容のとおり決め等についての被告人の差配が事実上大きな影響をもっと考えたことから、主として日通から工事の発注を受けた場合における謝礼ないし将来における取引上の便宜供与を得たいとの趣旨によるものであり、被告人もその趣旨を諒解し、これらの業者に対し反対給付等謝礼をすることもなかった。しかもこれらの供与は、各業者の事情に応じ、反覆、継続的に行われていたし(特に前掲ギフトチェック・小切手入金状況調及び年月順ギフトチェック内容調の各書面、ならびにギフト・現金の所属年分修正表)、被告人の右供与による収入金額は、本件各年分の逋脱所得金額の増加によっても推察されるように巨額に上っていたのである。

右供与の中、中元、歳暮名義の贈答、前述の各祝儀等は、なるほどこれを個別的に評価するときは、一回限りの様相を呈するのであるが、前述した供与の趣旨、給付の内容からみて、被告人の地位、職務を離れてはあり得ないものであって、社交儀礼上個人間においてなされる中元、歳暮、その他の祝儀とは異質のものと認められるばかりでなく、各業者と被告人との年間の金品授受関係として観察するならば、名目上中元、歳暮、祝儀、餞別等としたとしても決して一回限りのものではなく、それぞれの機会を促えて被告人の愛顧を得んがために反覆、継続的になされた供与の一環であると認めるのが相当である。従ってこれらをことさら他の当然雑所得とみなさるべき諸供与と区別して取り扱う理由はないものといわなければならない。そして一時所得の要件の一である「労務その他の役務の対価としての性質を有しないもの」(所得税法三四条一項、旧法九条一項九号)にいう「対価性」は、弁護人のいうごとく給付が具体的な役務行為に対応する場合に限られるものではなく、本件のごとく、給付が一般的に人の地位、職務行為に対応、関連してなされる場合をも含むと解するのが相当であるから、前記収人は、同法条にいう「対価性」を備えたものであるのみならず、一時的な性質を有するものでもないから、一時所得ではなく雑所得を構成するものと認める。なお本件雑所得には、個人からの儀礼的な金品贈答分が含まれているとは認められない。よって弁護人の主張は採用しない。

二、富士銀行八重洲口支店宮沢妙名義普通預金および同女名義定期預金二口(八〇/五五九、八二/八八三)について(別紙五銀行預金明細表番号1ないし3)

弁護人は、「これらの預金は宮沢妙所有のものであって被告人のものではなく従ってその増滅分は各逋脱所得の計算より減算すべきである。」旨主張するので検討するに、≪証拠省略≫によれば、右各預金は、被告人が、特別の関係にあった宮沢妙をして右各名義をもって出し入れをさせていたにすぎず、預金内容は被告人に帰属しかつ実質的にも被告人が設定管理していたことを認めるに充分であるから弁護人の主張は採用できない。

三、三菱銀行秋葉原支店斉藤洋子名義普通預金について(別紙五銀行預金明細表番号4)

弁護人は、「右預金は、被告人が管財課課員の福利厚生、地方業者の接待等に使用する目的で業者に水増請求をさせて返還を受けた水増分や課員の旅行積立金を入金し、支出も右目的にあてられていたのであって、被告人個人の所有というよりは、管財課の預金とみるべきものである。従ってその増滅分は各逋脱所得の計算より滅算すべきである。」旨主張する。

≪証拠省略≫によれば、右預金は、被告人が管財課員斉藤(その後笹栗と改姙)洋子に命じて出し入れをさせていたもので一切他人の干渉を許さず、その入金は、被告人が業者をして日通に対し水増請求をさせてこれを一旦支払ったうえ、水増分を被告人に返還させて得た現金、同課の旅行会の際、業者から寄附を受けた現金が主たるものであること(斉藤が独自で課員の旅行積立金毎月合計三〇〇〇円内外をこの預金口座に入金していたが、この積立金は旅行の都度消費され、年度末の預金残には含まれていない。)その出金は、一切被告人の裁量によって行われ、課内の旅行、飲食費、慶弔費等に費消される外被告人の個人的消費にあてられていたこと、被告人は、昭和四一年一二月右斉藤洋子が退職するに際し、同女に右預金残一五〇万八二一四円を通帳ごと与えたことが認められる。右事情を併せ考えると本件預金は被告人個人の専管に属し管財課の預金ではなく、実質上被告人に帰属するものと認めるに充分である。弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

判示第一の事実は、所得税法(昭和四〇年法律第三三号)附則三五条、同法による改正前の所得税法六九条一、二項に、判示第二、第三の各事実は所得税法(昭和四〇年法律第三三号)二三八条一、二項に該当するので、情状によりそれぞれ懲役刑および罰金刑を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、罰金刑につき同法四八条二項により各罰金を合算した金額の範囲内で、被告人を懲役六月および罰金一〇〇〇万円に処し、換刑処分につき同法一八条を、懲刑役の執行猶予につき同法二五条一項を適用し、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文を適用する。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 守谷芳 裁判官 小島建彦 裁判官鈴木悦郎は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 守谷芳)

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